Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la vérité dans les sciences. Plus la Dioptrique, les Météores et la Géométrie, qui sont des essais de cette méthode.
2025年4月1日火曜日
■大江健三郎と藤岡信勝(6)
■大江健三郎と藤岡信勝(6)
藤岡信勝が、『 日本保守党の言論弾圧から被害者を守る会』を立ち上げ、その会長に就任したそうである。この人は 、この手の会長になるのが好きなようである。『 自由主義史観研究会』会長とか『 新しい歴史教科書をつくる会』会長とか。最近は『 南京事件はなかった・・・の会』会長とか。この人は、そもそも、何がしたいのだろうか。私は、この人が、書いた本を一冊も読んでいないが、そもそも、著書というものがあるのだろうか。この人は、学問や研究に専念する人ではなく、市民運動だか、大衆運動だか知らないが、なんらの集団をかき集め、会を組織し、その会長に就任して、叫びたてることが、趣味の人のようだ。《 言論の自由を守れ 》《 民主主義を守れ 》《 平和を守れ 》と叫び。そのまんま『 共産党』じゃないか、と思う。共産党や共産主義が嫌いな訳ではないが。というようなことを思っていたら、元共産党員という言葉を思い出した。藤岡信勝も、今は《保守の重鎮 》だそうだが、若い頃は、共産党の熱心な活動家だった。その頃の熱心な活動が認められて、北海道から上京し、共産党人脈を上手く利用して、東大教育学部教授にまで出世したのであった。ところが 、東大教授に就任した途端に、《 転向 》し、見事に《 保守》に寝返り、たちまち保守運動の先頭に立ち、ラッパを吹き鳴らし、今は、《保守の 重鎮 》(笑)。さて、私がこだわるのは、左翼系と思われていたノーベル賞受賞作家の大江健三郎を法廷に引き摺りだし、袋叩きにした《 大江・岩波裁判 》、つまり《沖縄集団自決裁判 》のことである。その頃 、大江健三郎も、もう晩年に差し掛かって、作家としての《総仕上げ 》をしようとしていた矢先だったが、その大江健三郎の文学活動を、三流作家に過ぎない曽野綾子等と共に、まさに《 言論弾圧 》を行ったのが、藤岡信勝だったのである。その藤岡信勝が、《言論弾圧から 被害者を守れ》と、騒いでいるというわけだ。しかも《会長 》だって。大江健三郎は、左翼であろうが リベラルであろうが、《 日本の宝 》である。どう見ても、 日本の歴史と文化、伝統を守っているのは、大江健三郎である。藤岡信勝ではない。何が、『 日本保守党の言論弾圧から被害者を守る会』だよ。藤岡信勝がやってきたこと、そして今、やろうとしていることこそ、《 言論弾圧 》そのものではないか。
●大江健三郎と藤岡信勝(5)
●大江健三郎と藤岡信勝(5)
曽野綾子に触れようとしたが、曽野が亡くなって 、それほどの時間も経っていない現在、曽野綾子を批判することには 、私の中にも、若干の躊躇いがあるので、ここでは、ひとまず、藤岡信勝の話題に戻ることにする。
大江健三郎と藤岡信勝。(4)
●大江健三郎と藤岡信勝。(4)
『沖縄集団自決論争』とは、大江健三郎の『沖縄ノート』を、現地取材の上で、徹底批判し、論破したと称する曽野綾子女史の『ある神話の背景』に始まる。曽野綾子は、同世代のライバル作家であり、川端康成に続いてノーベル文学賞まで受賞した大江健三郎に、かなり強い対抗心を持っていたらしく、『月刊WILL』などを主な舞台に、保守・右翼陣営の言論人を巻き込んで、荒唐無稽な《大江健三郎批判》を展開し 、裁判闘争にまで持ち込んだ上で、大江健三郎という日本近代文学史上、稀有な存在である文学的権威を打ち砕こうとしたが、見事に返り討ちを浴びて、自滅・自爆したのだった。私は、佐高信氏と対談集(以下引用)を出版して、この『沖縄集団自決論争』 に、それなりの決着をつけたつもりだった。Facebookによると、あの論争と裁判から、もう、11経過したらしい。その間に、数年前に大江健三郎が亡くなり 、そして今年二月には、曽野綾子が亡くなったという。そして付け加えるならば 、最近、一部で話題沸騰中の『日本保守党論争』に、『沖縄集団自決論争』でも裏で《大江健三郎批判》を策動した藤岡信勝が登場してきたこともあって 、改めて、この問題を思い出したというわけだ。
大江健三郎と藤岡信勝(3)。
●大江健三郎と藤岡信勝(3)。
藤岡信勝は《徒党》を組み、内部対立を悪用し、内ゲバ的言論にはげむことが好きである。私は、根っからの《共産党嫌い》ではないが、内ゲバ的言論を好むとは、いかにも元共産党活動家らしい振る舞いである。藤岡信勝が、先頭に立って立ち上げたらしい『新しい歴史教科書をつくる会』とやらも、会長職や代表の地位をめぐって《会長追放》など、内部対立や内部抗争が、つまり《内ゲバ的言論》がたえなかったようだ。私も、誰かの誘いで、一時、この会に出入りしていたが、私が知るかぎりでも、《八木秀次会長追放劇》や《西尾幹二会長追放劇》などが、あいついだ。私の見るところ、肝心の歴史教科書をつくることより、会長職をめぐる権力闘争に熱心だったようだ。ところで、今回、私が問題提起したいのは、いわゆる大江健三郎の『 沖縄ノート』をめぐる大江健三郎と版元の岩波書店を相手取って、訴えた『大江/岩波裁判』における藤岡信勝の動きである。
大江健三郎と藤岡信勝(2)
●大江健三郎と藤岡信勝(2)。
藤岡信勝には専門がない。他人の専門的研究成果を横取りして騒ぎ立てるだけが専門の野次馬。たとえば南京事件。中国政府発表の記録や主張、それに同調する連中の資料や主張に、専門的分析を加えたり、綿密な取材やテクスト分析で、批判し、追求する専門研究者は、他に、いる。たとえば、東中野修道、阿羅健一・・・など。しかし、ネットウヨ雑誌の『月刊WILL』やネットウヨ新聞『産経新聞』などで、先頭に立って大騒ぎするのは 、ドシロートの藤岡信勝。南京事件だけではない。『従軍慰安婦』問題、『沖縄集団自決』問題、あげたらきりがない。繰り返して言うが、藤岡信勝は、いづれの分野でも、専門家でも専門的研究者でもない。ドシロートの野次馬にすぎない。後から参加して、先行者の研究成果を横取りした上で、その分野の第一人者を 偽装し、大騒ぎする。今回の『日本保守党』騒動、あるいは別名『イスラム研究者の某女史』騒動も、同じである。終わりかけた論争に油をぶっかけて、庭先の小さい焚き火を、山火事並みの大火事に仕立て上げ、今度は消火活動の先頭に立って、あの陰険な目付きで、《犬笛はやめろ》と叫び、その道の第一人者を気取るのが、藤岡信勝センセー(笑)。いつもの事ながら、《よー、やるよ、このボケ老人めが!》。自分の文章は自分で書けよ。赤ペン先生(飯山某)に、添削など頼むんじゃないよ。
2024年4月25日木曜日
■【山崎行太郎チャンネル】を配信しました。今回のテーマは。《 宇野弘蔵とマルクス主義》です。宇野弘蔵は、日本の代表的なマルクス経済学者です。《 宇野理論》とか《 宇野学派》、あるいは《 三段階論 》《 労働力の商品化》などよいう言葉とともに、戦後の左派学生運動に圧倒的な影響力を持っていました。今の《 ネットウヨ》の時代の若者たちには、《 宇野的なもの》が、決定的に欠如しています。マルクス主義や共産主義や共産党・・・の何たるかを知らずに、それを批判・罵倒して。それで終わりといことでは、これでは批判したことにも論破したことにもなりません。無知をさらけ出しているだけです。実は、自由主義も保守主義も 、実はマルクス主義という原理的な思想の登場によって、そのアンチ・テーゼとして、後発的(事後的)に誕生・成立したものだと、小林秀雄や丸山眞男等が言っています(丸山眞男『日本の思想』)。マルクス主義や共産党についてその思想や歴史を、何も知らないで、幼稚な批判や荒唐無稽な罵倒ばかりしているということは、そもそも、自由主義も保守主義も、何も知らないということです。マルクス主義を知らずして、政治や経済を語るなかれ・・・です。そしてマルクスを知らずして 、保守思想や保守哲学を語るなかれ・・・です。
2022年11月7日月曜日
■ネットウヨの溜まり場ー《虎ノ門ニュース》が番組打ち切りを発表・・・(笑)だとさ。残念だな〜。もっと頑張って、もっともっと、恥を晒して欲しかったのに。「 YouTube動画 」業界も、破産寸前のテレビ局の残党が流れ込み、「 YouTube動画 」が通俗化、定番化し、見たくもないクズ番組ばかりになり、寂しくなるねえ。ああ、《虎ノ門ニュース 》の打ち切りの理由ですか。アレでしょうね、アレ。ほら、ツボですよ。金の切れ目が縁の切れ目ってやつでしょうね。●●●●●●●●《 「夕刊フジ」より》インターネット人気番組「真相深入り! 虎ノ門ニュース」が18日の放送で終了することが発表された。司会の居島一平が7日朝の放送で明らかにした。理由などの言及はなかった。極めて残念というしかない。#虎ノ門ニュース#18日放送で終了#7日朝の放送で明らかに●●●●●●●●
2022年9月17日土曜日
■『 沖縄集団自決論争 」始末記(2)…大江健三郎『 沖縄ノート』を読みながら…。 沖縄集団自決問題が 、論争から裁判にまで発展拡大した事件は、元を辿れば、その発端は大江健三郎の「沖縄ノート」という岩波新書にあった。大江健三郎は、この新書で、沖縄集団自決事件を取り上げているからだ。しかし、これだけで、論争から裁判にまで発展拡大するはずはなかっただろう。実は、沖縄集団自決が、論争から裁判にまで発展拡大した直接的な原因は、大江健三郎の「沖縄ノート」にはない。論争から裁判にまで拡大することになる直接的な原因は、曽野綾子が、大江健三郎の「沖縄ノート」を批判する「ある神話の背景」を、文藝春秋社の「諸君」に連載し、同じ文藝春秋社から出版したことに、ある。大江健三郎の『 沖縄ノート』は、岩波書店発行の総合雑誌『 世界』連載されたのではなかったろうか。つまり、大江健三郎と曽野綾子の「差異」と「対立」は、岩波書店と文藝春秋の「差異」と「対立」でもあった と言ってもいいだろう。それが、左翼論壇と右翼論壇を巻き込み、論争から裁判にまで発展拡大した理由でもあっただろうと思われる。当時、隆盛をきわめていた左翼論壇と左翼ジャーナリズムを打倒するべく創刊されたのが文藝春秋の『 諸君!』であり 、その目的にそった企画の一つが、曽野綾子の連載『 ある神話の背景』であった。
■『 沖縄集団自決論争 」始末記(2)…大江健三郎『 沖縄ノート』を読みながら…。
沖縄集団自決問題が
、論争から裁判にまで発展拡大した事件は、元を辿れば、その発端は大江健三郎の「沖縄ノート」という岩波新書にあった。大江健三郎は、この新書で、沖縄集団自決事件を取り上げているからだ。しかし、これだけで、論争から裁判にまで発展拡大するはずはなかっただろう。実は、沖縄集団自決が、論争から裁判にまで発展拡大した直接的な原因は、大江健三郎の「沖縄ノート」にはない。論争から裁判にまで拡大することになる直接的な原因は、曽野綾子が、大江健三郎の「沖縄ノート」を批判する「ある神話の背景」を、文藝春秋社の「諸君」に連載し、同じ文藝春秋社から出版したことに、ある。大江健三郎の『 沖縄ノート』は、岩波書店発行の総合雑誌『 世界』連載されたのではなかったろうか。つまり、大江健三郎と曽野綾子の「差異」と「対立」は、岩波書店と文藝春秋の「差異」と「対立」でもあった
と言ってもいいだろう。それが、左翼論壇と右翼論壇を巻き込み、論争から裁判にまで発展拡大した理由でもあっただろうと思われる。当時、隆盛をきわめていた左翼論壇と左翼ジャーナリズムを打倒するべく創刊されたのが文藝春秋の『 諸君!』であり 、その目的にそった企画の一つが、曽野綾子の連載『 ある神話の背景』であった。
2022年8月28日日曜日
■『保守論壇亡国論』の頃。何年前の記事(写真)だろうか。「 9年前 」と書いてあるが、もっとはるか昔のことのようにみえるが、『 保守論壇亡国論』刊行の頃だから、おそらくそういうことだろう。私が、『保守論壇亡国論』で問題にしたのは、当時の思想的に堕落した「保守論壇」や「保守思想家」、あるいは「保守系言論人」であった。私は、当時から、「保守思想」や「保守思想家」や「保守系文学者」を尊敬し、畏怖していた。たとえば、小林秀雄、福田恆存、田中美知太郎、三島由紀夫 、江藤淳などであった。しかし、私が『保守論壇亡国論』を書いた頃は、保守論壇や保守思想は、堕落し、劣化し、大きく変化していた。堕落、劣化の原因は何処にあるのか。私は私なりに、深く考えて、『保守論壇亡国論』を書いたのである。「統一教会 」などには触れていない。問題を、社会問題や新興宗教問題などにしたくなかったのである。私は、あくまでも「思想問題」として、現代日本の思想状況を分析してみたかったのである。私は、桜井よしこや西部邁、渡部昇一、中西輝政・・・らを、「エセ保守」「エセ右翼」として厳しく批判している。安倍銃殺事件が起きて、問題が一挙に吹き出している。私が、ほぼ10年前(9年前)に考えていた問題が••••••。
■『保守論壇亡国論』の頃。
何年前の記事(写真)だろうか。「 9年前 」と書いてあるが、もっとはるか昔のことのようにみえるが、『 保守論壇亡国論』刊行の頃だから、おそらくそういうことだろう。私が、『保守論壇亡国論』で問題にしたのは、当時の思想的に堕落した「保守論壇」や「保守思想家」、あるいは「保守系言論人」であった。私は、当時から、「保守思想」や「保守思想家」や「保守系文学者」を尊敬し、畏怖していた。たとえば、小林秀雄、福田恆存、田中美知太郎、三島由紀夫 、江藤淳などであった。しかし、私が『保守論壇亡国論』を書いた頃は、保守論壇や保守思想は、堕落し、劣化し、大きく変化していた。堕落、劣化の原因は何処にあるのか。私は私なりに、深く考えて、『保守論壇亡国論』を書いたのである。「統一教会 」などには触れていない。問題を、社会問題や新興宗教問題などにしたくなかったのである。私は、あくまでも「思想問題」として、現代日本の思想状況を分析してみたかったのである。私は、桜井よしこや西部邁、渡部昇一、中西輝政・・・らを、「エセ保守」「エセ右翼」として厳しく批判している。安倍銃殺事件が起きて、問題が一挙に吹き出している。私が、ほぼ10年前(9年前)に考えていた問題が••••••。
2022年7月6日水曜日
■「参政党」とは何か。「参政党」が人気沸騰らしいが、所詮は、「 ネットウヨ政党 」で「 第二自民党 」、「自民党の補完勢力」にすぎないだろう。 をアップしました。是非、ご覧下さい。 ★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★ https://youtu.be/2YXVq5VLYkE ■文芸評論家=山崎行太郎の反論壇時評チャンネル。 ⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ https://youtu.be/2YXVq5VLYkE
■「参政党」とは何か。「参政党」が人気沸騰らしいが、所詮は、「 ネットウヨ政党 」で「 第二自民党 」、「自民党の補完勢力」にすぎないだろう。
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2022年6月30日木曜日
2022年6月26日日曜日
山崎行太郎公式(サブ)チャンネルです。 ⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ︎⤵︎ ■■■■■■■■■■ 私(山崎行太郎)は「選挙」に行きません。選挙は、昼寝でもしながら、外野の野次馬として、テレビか「YouTube動画 で見ながら、楽しみます。 https://youtu.be/QhIza02KUVs 山崎行太郎公式サブチャンネル ⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩ https://youtu.be/QhIza02KUVs
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私(山崎行太郎)は「選挙」に行きません。選挙は、昼寝でもしながら、外野の野次馬として、テレビか「YouTube動画 で見ながら、楽しみます。
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2022年6月21日火曜日
■片山杜秀の「 中今(なかいま)」の時間論の解釈について(3)。 片山杜秀は三井甲之について次のように批判している。 《 たとえば右翼歌人、三井甲之は、この「盛りの真中 の世」 を拡大解釈を試みている。『 しきしまのみち原論』(1934年)で三井は、「 中今 」を 「過去なく未来なく ただ現在の生成のみであるといふことの予感的言い現し」とし、宣長の解釈にも、その「 予感的閃きがみとめらる 」という。ここに、「中今」なる語に、現在あるがあま、目の前にあるもののみに充足しようとする特殊時代的志向が投影されたことを見ることは容易だtろう。》(『近代日本の右翼思想』) 片山杜秀の時間論は、最後の《「中今」なる語に、現在あるがあま、目の前にあるもののみに充足しようとする特殊時代的志向が投影されたことを見ることは容易だtろう。》という文章に象徴的に要約されている。要するに、「現在に生きる」こと、「現在を直視する」ことが、否定的にとらえられている。逆に、「過去」や「未来」を考えることが、肯定的にとらえられている。片山杜秀が、どういう時間感覚を持っていようと、どういう哲学的時間論を持っていようとかまわない。テレビのお笑い番組や居酒屋漫談や井戸端会議に夢中になっている「おじさん、おばさん」程度の思想の持ち主だろうとかまわない。問題は、片山杜秀が、自分の議論が、幼稚で、素朴すぎるということを自覚していないことである。驚くべきことに、片山杜秀は、三井甲之だけを批判、嘲笑、愚弄しているわけではなく、西田幾多郎や田辺元、高山岩男・・・のような超一流とまでは言わないが、少なくとも、一流に属すると思われる思想家や哲学者までを、上に引用したような幼稚な時間論を武器に、批判し愚弄しようとしている。
■片山杜秀の「 中今(なかいま)」の時間論の解釈について(3)。
片山杜秀は三井甲之について次のように批判している。
《 たとえば右翼歌人、三井甲之は、この「盛りの真中 の世」 を拡大解釈を試みている。『 しきしまのみち原論』(1934年)で三井は、「 中今 」を「過去なく未来なく ただ現在の生成のみであるといふことの予感的言い現し」とし、宣長の解釈にも、その「 予感的閃きがみとめらる 」という。ここに、「中今」なる語に、現在あるがあま、目の前にあるもののみに充足しようとする特殊時代的志向が投影されたことを見ることは容易だtろう。》(『近代日本の右翼思想』)
片山杜秀の時間論は、最後の《「中今」なる語に、現在あるがあま、目の前にあるもののみに充足しようとする特殊時代的志向が投影されたことを見ることは容易だtろう。》という文章に象徴的に要約されている。要するに、「現在に生きる」こと、「現在を直視する」ことが、否定的にとらえられている。逆に、「過去」や「未来」を考えることが、肯定的にとらえられている。片山杜秀が、どういう時間感覚を持っていようと、どういう哲学的時間論を持っていようとかまわない。テレビのお笑い番組や居酒屋漫談や井戸端会議に夢中になっている「おじさん、おばさん」程度の思想の持ち主だろうとかまわない。問題は、片山杜秀が、自分の議論が、幼稚で、素朴すぎるということを自覚していないことである。驚くべきことに、片山杜秀は、三井甲之だけを批判、嘲笑、愚弄しているわけではなく、西田幾多郎や田辺元、高山岩男・・・のような超一流とまでは言わないが、少なくとも、一流に属すると思われる思想家や哲学者までを、上に引用したような幼稚な時間論を武器に、批判し愚弄しようとしている。
2022年6月5日日曜日
■「 れいわ新撰組」の大石あきこ議員の国会質問が面白い。最近は、日本国内の政治に、すっかり興味を失って、昼寝ばかりしている小生だが、大石あきこ議員の国会質問には 、久しぶりに爆笑した。どんな街頭演説よりも面白い。是非、ごらんいただきたい。 ⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎ https://youtu.be/nPKAKfPcIig https://youtu.be/nPKAKfPcIig
■「 れいわ新撰組」の大石あきこ議員の国会質問が面白い。最近は、日本国内の政治に、すっかり興味を失って、昼寝ばかりしている小生だが、大石あきこ議員の国会質問には 、久しぶりに爆笑した。どんな街頭演説よりも面白い。是非、ごらんいただきたい。
⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎
https://youtu.be/nPKAKfPcIig
https://youtu.be/nPKAKfPcIig
2022年6月4日土曜日
メルマガ《 山崎行太郎の毒蛇通信》を配信しました。テーマは《ウクライナ戦争の唯我独尊的な中間的総括 》です。《 見たくない人は見るな、読みたくない人は読むな 》がモットーのメルマガです。私は、ウクライナ側かではなく ロシア側から、このウクライナ戦争を見ています。まったく違った風景が見えます。和田春樹(東大名誉教授)や羽場久美子(青山学院大学名誉教授)ら 、いわゆる左翼系のロシア研究者たちが、「即時停戦 」呼びかけているようですが、彼らの方がまだマシです。 https://www.mag2.com/m/0001151310.html https://www.mag2.com/m/0001151310.html
メルマガ《 山崎行太郎の毒蛇通信》を配信しました。テーマは《ウクライナ戦争の唯我独尊的な中間的総括 》です。《 見たくない人は見るな、読みたくない人は読むな 》がモットーのメルマガです。私は、ウクライナ側かではなく ロシア側から、このウクライナ戦争を見ています。まったく違った風景が見えます。和田春樹(東大名誉教授)や羽場久美子(青山学院大学名誉教授)ら 、いわゆる左翼系のロシア研究者たちが、「即時停戦 」呼びかけているようですが、彼らの方がまだマシです。
https://www.mag2.com/m/0001151310.html
https://www.mag2.com/m/0001151310.html
2022年6月3日金曜日
松本洋三さんのFacebookからシェアしました。 私は、先頃、20年の刑期を終えて出所した「重信房子 」とは同世代です。私は、左翼も右翼も、学生運動と名のつくものにはいっさい関わりありませんでした。ヘルメットの色も、党派の名称もよく知りませんでした。ただ、赤軍や連合赤軍、アラブ赤軍・・・などには異常に興味はあり、自分の思想や哲学、文学において、深い影響を受けました。その中でも、重信房子が中心的役割をはたしたという「 イスラエル・ロッド空港乱射事件」には、深い感銘と影響を受けました。奥平、安田、岡本・・・。私は、彼ら、テロリストたちと、同世代であったことに、今でも誇りを持っています。 ーーーー以下引用ーーーー 重信房子を讃える言の葉が枯渇した日本左右論壇には、民族の壮大な叙事詩を紡げない。 松本洋三 ーーーー引用終了ーーーー
松本洋三さんのFacebookからシェアしました。
私は、先頃、20年の刑期を終えて出所した「重信房子 」とは同世代です。私は、左翼も右翼も、学生運動と名のつくものにはいっさい関わりありませんでした。ヘルメットの色も、党派の名称もよく知りませんでした。ただ、赤軍や連合赤軍、アラブ赤軍・・・などには異常に興味はあり、自分の思想や哲学、文学において、深い影響を受けました。その中でも、重信房子が中心的役割をはたしたという「 イスラエル・ロッド空港乱射事件」には、深い感銘と影響を受けました。奥平、安田、岡本・・・。私は、彼ら、テロリストたちと、同世代であったことに、今でも誇りを持っています。
ーーーー以下引用ーーーー
重信房子を讃える言の葉が枯渇した日本左右論壇には、民族の壮大な叙事詩を紡げない。
松本洋三
ーーーー引用終了ーーーー
■カール・ポパーとジョージ・ソロス・・・ グローバリズムとは何か?グローバリズムの主導者の一人であり、「ロシア・ウクライナ 戦争 」の影の仕掛人の一人だとも言われているのがジョージ・ソロスだが、彼の愛読書が、カール・ポパーの『 開かれた社会とその敵』だと聞いて、ちょっと驚いたのだが、よくよく考えて見ると、「なるほど 」と思った。カール・ポパーは、私が大学生だった頃、よく読まれていた英国の科学哲学者の一人だった。『 歴史主義の貧困』が、ベストセラーになっていた頃だ。カール・ポパーの思想は、「 科学」や「 科学主義」を根拠に、「共産主義」「 ヘーゲル歴史哲学」「 マルクス主義」などを、科学的根拠がないと批判するものだった。たとえば、『 開かれた社会とその敵』における「開かれた社会」とは自由主義陣営の資本主義社会、つまり西側の国家や社会のことであり、「 その敵」に当たるのは共産主義社会であり、ソ連や中共などの国家や社会のことであった。当時は、東西対立の激化、つまり冷戦の渦中にあった時代だ。単純素朴な「 二元論」的思考が横行していた時代だ。ジョージ・ソロス等の「グローバリズム 」も、その具体的実例だろう。
■カール・ポパーとジョージ・ソロス・・・
グローバリズムとは何か?グローバリズムの主導者の一人であり、「ロシア・ウクライナ 戦争 」の影の仕掛人の一人だとも言われているのがジョージ・ソロスだが、彼の愛読書が、カール・ポパーの『 開かれた社会とその敵』だと聞いて、ちょっと驚いたのだが、よくよく考えて見ると、「なるほど 」と思った。カール・ポパーは、私が大学生だった頃、よく読まれていた英国の科学哲学者の一人だった。『 歴史主義の貧困』が、ベストセラーになっていた頃だ。カール・ポパーの思想は、「 科学」や「 科学主義」を根拠に、「共産主義」「 ヘーゲル歴史哲学」「 マルクス主義」などを、科学的根拠がないと批判するものだった。たとえば、『 開かれた社会とその敵』における「開かれた社会」とは自由主義陣営の資本主義社会、つまり西側の国家や社会のことであり、「 その敵」に当たるのは共産主義社会であり、ソ連や中共などの国家や社会のことであった。当時は、東西対立の激化、つまり冷戦の渦中にあった時代だ。単純素朴な「 二元論」的思考が横行していた時代だ。ジョージ・ソロス等の「グローバリズム 」も、その具体的実例だろう。
2022年5月31日火曜日
■YouTube動画「山崎行太郎と内山卓也の反論壇時評チャンネル」です。 #成田悠輔 #竹中平蔵 《「成田悠輔と竹中平蔵」成田悠輔は竹中平蔵のパシリにすぎない。》を配信しました。 是非、ご覧下さい!! ⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩ https://youtu.be/3Vig13G7rLo
■YouTube動画「山崎行太郎と内山卓也の反論壇時評チャンネル」です。
#成田悠輔 #竹中平蔵
《「成田悠輔と竹中平蔵」成田悠輔は竹中平蔵のパシリにすぎない。》を配信しました。
是非、ご覧下さい!!
⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩★⇩
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■片山杜秀『日本の右翼思想』を読む(1) 片山杜秀は、日本の戦前の右翼思想について、かなり詳しいようだが、しかし残念ながら、その理解と分析は根本的に間違っている。右翼思想を甘くみて、真剣に理解しようとしていないからである。水戸学から西田幾多郎まで、あるいは本居宣長から小林秀雄まで、延々と続く民族主義的な右翼思想は、片山杜秀が、想像しているような浅薄な思想ではい。そもそも、「戦後民主主義」的な通俗的常識にとらわれたような凡庸な思想研究者に、日本の右翼思想の真髄が理解できるはずがない。たとえば、片山杜秀は、日本の右翼思想の「時間論」というものが、全く理解できないようである。『日本の右翼思想』の第五章は 、「右翼と時間 」となっているが、そのサブタイトルに「 変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる」とある。このサブタイトルからも 、片山杜秀が、「 時間論」に無知だということがわかる。片山杜秀は、日本の右翼思想(天皇制ファシズム?)の「 時間」は、「現在主義 」だと考えているようだが 、時間論的現在主義そのものを理解できていない。 もっと詳しくみてみよう。片山杜秀は、こう書いている。 《 しかし、とマンハイムはいう。ファシズムはこれらと態度を異にする。ファシズムの 時間感覚の最大に特徴は、「歴史が現在という瞬間的状況に解消されてしまうこと 」。人々が「 目の前にあるもの」にしか関心を示さなくなることにあるからだ。ファシズムは「 歴史の区分け」を否定する。そこでは、過去、現在、未来の独自な連関は消滅し、「すべての時代にかかわりなく起こるもの 」が平然と受容される。過去の経験の蓄積も、未来への理論的ヴィジョンも、もはや役割をもちえない。なぜなら、ファシズムが依拠するのは、「歴史の区分け 」以前の、「永遠に変わることなくどんな歴史の出来事の底にも基盤として横たわっている 」ような「 領域」であるのだから。》(片山杜秀『 日本の右翼思想』) 片山杜秀は、あの「マンハイム先生 」(笑 )が言っているのだから、間違っているはずがない、思っているようだが 、その「 マンハイム先生」が 、間違っているというより、そもそも「 時間論」というものが理解できていないのだから 、どうしようもない。片山杜秀は、ニーチェやハイデッガーも読んだことはないのだろう。いや、ニーチェやハイデッガーより「マンハイム先生 」の方が、正しいと思っているのだろう。そんなことはどうでもいいが 、片山杜秀は、「 時間論」というものを、もっと原理的に、あるいは本質論的に、考えてみたほうがいいだろう。「時間とは何か」・・・。
■片山杜秀『日本の右翼思想』を読む(1)
片山杜秀は、日本の戦前の右翼思想について、かなり詳しいようだが、しかし残念ながら、その理解と分析は根本的に間違っている。右翼思想を甘くみて、真剣に理解しようとしていないからである。水戸学から西田幾多郎まで、あるいは本居宣長から小林秀雄まで、延々と続く民族主義的な右翼思想は、片山杜秀が、想像しているような浅薄な思想ではい。そもそも、「戦後民主主義」的な通俗的常識にとらわれたような凡庸な思想研究者に、日本の右翼思想の真髄が理解できるはずがない。たとえば、片山杜秀は、日本の右翼思想の「時間論」というものが、全く理解できないようである。『日本の右翼思想』の第五章は 、「右翼と時間 」となっているが、そのサブタイトルに「 変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる」とある。このサブタイトルからも 、片山杜秀が、「 時間論」に無知だということがわかる。片山杜秀は、日本の右翼思想(天皇制ファシズム?)の「 時間」は、「現在主義 」だと考えているようだが 、時間論的現在主義そのものを理解できていない。
もっと詳しくみてみよう。片山杜秀は、こう書いている。
《 しかし、とマンハイムはいう。ファシズムはこれらと態度を異にする。ファシズムの
時間感覚の最大に特徴は、「歴史が現在という瞬間的状況に解消されてしまうこと 」。人々が「 目の前にあるもの」にしか関心を示さなくなることにあるからだ。ファシズムは「 歴史の区分け」を否定する。そこでは、過去、現在、未来の独自な連関は消滅し、「すべての時代にかかわりなく起こるもの 」が平然と受容される。過去の経験の蓄積も、未来への理論的ヴィジョンも、もはや役割をもちえない。なぜなら、ファシズムが依拠するのは、「歴史の区分け 」以前の、「永遠に変わることなくどんな歴史の出来事の底にも基盤として横たわっている 」ような「 領域」であるのだから。》(片山杜秀『 日本の右翼思想』)
片山杜秀は、あの「マンハイム先生 」(笑 )が言っているのだから、間違っているはずがない、思っているようだが 、その「 マンハイム先生」が 、間違っているというより、そもそも「 時間論」というものが理解できていないのだから 、どうしようもない。片山杜秀は、ニーチェやハイデッガーも読んだことはないのだろう。いや、ニーチェやハイデッガーより「マンハイム先生 」の方が、正しいと思っているのだろう。そんなことはどうでもいいが 、片山杜秀は、「 時間論」というものを、もっと原理的に、あるいは本質論的に、考えてみたほうがいいだろう。「時間とは何か」・・・。
2022年5月25日水曜日
■山口県阿武町誤送金事件、ほぼ全額戻る。現実は、我々の《 予想 》《 浅知恵》をはるかに超えている。 マスコミは、著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等を総動員して、事件の内容と分析、予想を、自信満々で、繰り返してきた。しかし、「著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等 」、彼らの分析や予想は、すべてはずれた。私が、興味を持つのは、、「著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等 」等の分析や予想は、何故、ことごとく外れるのか・・・という問題だ。つまり、こういうことだ。テレビや新聞など、マスコミやジャーナリズムに頻繁に登場して、訳知り顔で、自信満々に、事件の解説、分析、予想を繰り返す、「著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等 」が、いかに無能、無知かということだ。しかし、誰一人として、「 間違っていた」「予想出来なかった 」と反省するものはない。逆に、今度は、「 何故、ほぼ全額が戻って来たのか 」の解説を、ペラペラとまくし立てる始末だ。馬鹿か、お前ら(笑笑 )。「坊主になれ 」「腹をキレ 」と言いたところだが、植民地洗脳テレビ局のクズ番組で無知無能な駄弁を繰り返す破廉恥野郎どもには、何言っても無駄。これは、山口県阿武町の「 誤送金事件」だけ話ではないだろう。ウクライナ戦争も知床遊覧船事の場合も同じだろう。
■山口県阿武町誤送金事件、ほぼ全額戻る。現実は、我々の《 予想 》《 浅知恵》をはるかに超えている。
マスコミは、著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等を総動員して、事件の内容と分析、予想を、自信満々で、繰り返してきた。しかし、「著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等 」、彼らの分析や予想は、すべてはずれた。私が、興味を持つのは、、「著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等 」等の分析や予想は、何故、ことごとく外れるのか・・・という問題だ。つまり、こういうことだ。テレビや新聞など、マスコミやジャーナリズムに頻繁に登場して、訳知り顔で、自信満々に、事件の解説、分析、予想を繰り返す、「著名な弁護士やネット評論家、法律専門の大学教授等 」が、いかに無能、無知かということだ。しかし、誰一人として、「 間違っていた」「予想出来なかった 」と反省するものはない。逆に、今度は、「 何故、ほぼ全額が戻って来たのか 」の解説を、ペラペラとまくし立てる始末だ。馬鹿か、お前ら(笑笑 )。「坊主になれ 」「腹をキレ 」と言いたところだが、植民地洗脳テレビ局のクズ番組で無知無能な駄弁を繰り返す破廉恥野郎どもには、何言っても無駄。これは、山口県阿武町の「 誤送金事件」だけ話ではないだろう。ウクライナ戦争も知床遊覧船事の場合も同じだろう。
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