2021年6月9日水曜日

 江藤淳の「日比谷高校時代」について(2 )

(『月刊日本』連載中の『江藤淳とその時代 5』原稿の下書きです。)


江藤淳は、同級生たちが、東大へ進学するのが当然の秀才揃いの中で、自分自身のことを、かなり意識的に卑下して 、あまり目立たない劣等生だったかのよような書き方をしている。「東大に落ちて慶応に進学した・・・」という説明には、それなりに説得力があり、多くの人が納得しているはずだ。私も、長い間、そう思っていた。しかし、私は、日比谷高校の同級生や同窓生(上級生や下級生)たちの「回想」や「談話」を読んでいくうちに、どうも、そうではなかったのではないか、と思うようになった。むしろ 、江藤淳(江頭敦夫)は、日比谷高校という秀才揃いの高校で  、目立ち過ぎるぐら目立つ、才気煥発な「秀才たちの中の秀才」だったうようだ。

日比谷高校時代の江藤淳は、学生集会で、演壇に駆け上がり、校長に反論する大演説をぶち上げたかと思うと、演劇や音楽などの部活でも主役級を演じ、誰もが舌を巻くほどの有能な高校生だったようだ。しかし、江藤淳は、それらの「武勇伝」(?)のことについては、あまり書いても語ってもいない。ひたすら暗く惨めな高校時代だったかのようにしか、書いていない。何故か。江藤淳が、この頃のことで語りたかったことは、別にあったからではないか。それは、おそらく家庭の事情であった。つまり、「家の経済的没落」であった。

江藤淳が、神奈川県の進学校=湘南高校(中学)から日比谷高校(都立一中)へ転校して来たのは、家庭の事情からであった。つまリ、江藤家(江頭家)が経済的に没落した結果、鎌倉の家を売り払い、父親の勤務する銀行の社宅へ引越したということだったらしい。「戦後と私」というエッセイで、こう書いている。


《 昭和二十三年の春に祖母が死に、夏には鎌倉の家が売られて東京の場末に建てられた銀行の社宅に移らなければならなくなった。(中略)父は義母と弟妹をやはり鎌倉にあった義理の祖父の隠居所にあずけ、私を連れて東京北端の場末にできた壁にテックスをはりつけたバラック建ての社宅に移り住んだ。》(「戦後と私」)


江藤淳は、引越し先を、敢えて「場末」と書いている。「場末」と江藤淳が書いた理由は明らかである。不本意な「引越し」だったからだ。さらに、こんなことも書いている。


《 一つの階層から他の階層に転落するということは辛いことである。私は社宅に移ったとき東京に戻ったという気持ちがしなかった。それほどこの界隈は私が知っていた「東京」と違ったからである。》(同上)


ここでは「転落」と書いている。上流階級から下層階級への「転落」ということだろうか。少し大袈裟な表現だが、江藤淳自身にとっては、そうだったということだろう。したがって、日比谷高校への転校も、自ら望んだ転校ではなかった。この「転校」の裏には、江藤家の経済的没落という辛い現実があったのである。鎌倉の家から湘南高校に通っていた時代から 、北区十条の銀行社宅から日比谷高校へ通学する時代へ。私は、長い間、江藤淳の引越し先は、「北区王子」だと思っていたが、正確には「北区十条」だった。「北区十条仲原」。江藤淳が、高校時代から大学時代の七年間、多感な青春時代を過ごした場所である。鎌倉から北区十条へ。この「引越し」は、江藤少年にとって、重要な意味を持っていた。重要過ぎるぐらい重要な意味を。「戦後と私」の続編と言うべきエッセイがある。五年後に書かれた「場所と私」というエッセイである。この「北区十条仲原」という社宅時代について、かなり詳しく書いている。日比谷高校でのきらびやかな学生生活より、この「北区十条仲原」の暗い生活の方が 重要な、存在論的意味を持っていたのだろうか。


《それにしても、勝木氏の小説を読んで、「帝銀社宅」がなつかじくなったとはまったく意外であった。あの七年間は、私にとってもっとも辛く、耐えがたい時期だったからである。私はそこで二度病臥し、病臥しなが ら奇妙に外界に露q出されていると感じていた。義母は肋膜の患者としてこの社宅におくれてはいり、いったん小康を得たが、今度はカリエスになってまた 寝たきりになった。私はここか ら高校に通い、大学に通い、義母のかわりに妹の小学校のPTAに出た。私が批評を書き出したのもこの「帝銀社宅」の四畳半の病床のなかであり、どこにもない場所に行きたいと渇望したのも同じ病床のなかであった。》


江藤淳は、「北区十条仲原」にこだわっている。この「北区十条仲原」について、具体的に、事細かに書くのは、江藤淳自身に、少し余裕が出来たからだろう。41年に書いたエッセイ「戦後と私」では、「北区十条仲原」について書いているが、具体的には書いていない。5年後の「場所と私」では、住所も具体的に書いている、「北区十条仲原3丁目一番地」と。この五年間に何があったのか。