Yamazaki.Koutarou.official.blog

Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la vérité dans les sciences. Plus la Dioptrique, les Météores et la Géométrie, qui sont des essais de cette méthode.

2021年5月29日土曜日

 ■藤田東湖と西郷南洲(4)(本稿は『維新と興亜 』第7号のための草稿です。)


水戸学派というと、「尊皇攘夷論」というのが常識であり、学問的固定観念である。もちろん、それは間違いではない。だがそれは、水戸光圀(水戸黄門)を筆頭に、藤田東湖等にいたるまでの水戸学派の政治家や思想家たちが、具体的にどう考え、どう行動していたかということとは別である。私は、水戸学派には、「尊皇攘夷論」という思想とは別の独特の思想的エネルギーが生きていたと思う。その思想的エネルギーが、幕末に、全国的に拡散し、多くの志士たちの思想と行動の原動力になったのだと思う。人は、たとえ命知らずの革命家といえども、思想や理論のために命はかけない。たとえ、思想や理論に命をかけたかのように見えたとしても、そこには必ず、思想的エネルギーの共有がある。たとえば、西郷南洲は、鹿児島の城山で「戦死」する直前まで、徳川幕府の御用学者(笑)だった佐藤一斎の『 言志四録』を持ち歩き、戦死の直前まで読んでいた。西郷南洲は、佐藤一斎の『 言志四録』から何を学び、何を行動の指針にしていうたのだろうか。佐藤一斎は水戸学派の藤田東湖と対立し、論敵だったのではないか。西郷南洲は、藤田東湖から佐藤一斎へ、思想的に転向したのだろうか。

ところで、水戸学派の思想的エネルギーが最高潮に達したのが、藤田東湖亡き後 、水戸藩の脱藩浪人たちによって引き起こされた「井伊直弼暗殺事件」、いわゆる「桜田門外の変」であった。この事件が起きた時、藤田東湖が既に安政の大地震で家が倒壊し、梁の下敷きになり圧死していただけではなく、西郷南洲も、奄美大島に幽閉・蟄居中であった。井伊直弼暗殺が成功したという連絡を受け取った西郷は、密かに祝杯をあげて、喜んだという。

- 5月 29, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有

 ■fと西郷南洲(4)(本稿は『維新と興亜 』のための草稿です。)


水戸学派というと、「尊皇攘夷論」というのが常識であり、学問的固定観念である。もちろん、それは間違いではない。だがそれは、水戸光圀(水戸黄門)を筆頭に、藤田東湖等にいたるまでの水戸学派の政治家や思想家たちが、具体的にどう考え、どう行動していたかということとは別である。私は、水戸学派には、「尊皇攘夷論」という思想とは別の独特の思想的エネルギーが生きていたと思う。その思想的エネルギーが、幕末に、全国的に拡散し、多くの志士たちの思想と行動の原動力になったのだと思う。人は、たとえ命知らずの革命家といえども、思想や理論のために命はかけない。たとえ、思想や理論に命をかけたかのように見えたとしても、そこには必ず、思想的エネルギーの共有がある。たとえば、西郷南洲は、鹿児島の城山で「戦死」する直前まで、徳川幕府の御用学者(笑)だった佐藤一斎の『 言志四録』を持ち歩き、戦死の直前まで読んでいた。西郷南洲は、佐藤一斎の『 言志四録』から何を学び、何を行動の指針にしていうたのだろうか。佐藤一斎は水戸学派の藤田東湖と対立し、論敵だったのではないか。西郷南洲は、藤田東湖から佐藤一斎へ、思想的に転向したのだろうか。

ところで、水戸学派の思想的エネルギーが最高潮に達したのが、藤田東湖亡き後 、水戸藩の脱藩浪人たちによって引き起こされた「井伊直弼暗殺事件」、いわゆる「桜田門外の変」であった。この事件が起きた時、藤田東湖が既に安政の大地震で家が倒壊し、梁の下敷きになり圧死していただけではなく、西郷南洲も、奄美大島に幽閉・蟄居中であった。井伊直弼暗殺が成功したという連絡を受け取った西郷は、密かに祝杯をあげて、喜んだという。

- 5月 29, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有

2021年5月28日金曜日

 山崎行太郎メルマガ『毒蛇通信 』を配信しました。今回のテーマは《 内閣府参与=高橋洋一更迭と竹中一派》です。


●スガ政権は竹中平蔵政権である。

●高橋洋一は竹中組の主要メンバーです。

●竹中平蔵は高橋洋一失言 更迭を、なぜ 

弁護するのか。竹中組の組員だから?

●テレビに出ずっぱりの野村修也(中央大学教授)も、田原総一朗も竹中一派です。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

以下で、メルマガ登録の上   、購読ください。

https://www.mag2.com/m/0001151310.html

https://www.mag2.com/m/0001151310.html

- 5月 28, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有

2021年5月27日木曜日

 竹中平蔵と高橋洋一と「ポリシー・ウオッチ」。


竹中平蔵や高橋洋一というと経済学専攻の大学教授だと考えるのが普通だろう。しかし、竹中平蔵も高橋洋一も「学者」でも「経済学者」でもない。要するに、まともな経済学の書籍も論文も持ち合わせていない。居酒屋漫談に毛が生えたような経済漫談の本や論文があるだけだ。では、竹中平蔵や高橋洋一の本拠は何処にあるのか。人材派遣業「パソナ会長」の椅子か。


六本木ヒルズを知らない人はいないだろう。しかし、「アカデミーヒルズ」や「ポリシーウオッチ」という怪しい組織を知っている人は 、そんなに多くはないだろう。あまり表に出て来ないからだ。


竹中平蔵は表向きは、長いこと、「慶應義塾大学教授」ということになっていた。この「慶應義塾大学教授」という肩書きから、竹中平蔵を、経済学専攻の大学教授と勘違いし、信用する人は少なくなかっただろう。だが、この肩書きが怪しい。


竹中平蔵を、新設の慶應義塾大学SFC(湘南藤沢)の総合政策学部に教授として呼んだのは 、学部長だった加藤寛だったようだ。それまでの竹中平蔵は、銀行や財務省研究所などを渡り歩く「中途半端」な存在だった。その竹中平蔵に注目し、引き上げてくれたのが、大蔵省研究員時代の上司・長富祐一郎だった。


実は、この長富祐一郎という人物も、竹中平蔵と同様にかなり「怪しい」人物だった。ー種の「ダーテイワーク」を平然とやってのける竹中平蔵に、自分の分身を見たのだろう。裏金作り、寄付金集め 

人脈作り・・・。大蔵省や財務省では見かけない人物だったのだ。そのころ、竹中平蔵の部下の一人だったのが高橋洋一である。


竹中平蔵は、母校の一橋大学に、博士号を得ようと 、論文(『開発研究と設備投資の経済学』東洋経済新報社 1984年7月)を提出するが、「初歩的すぎる」という理由で、拒絶されている。仕方なく、大阪大学で博士号を取得した。要するに、純粋の経済学者ではなく、「経済学者」という肩書きが欲しかったのだろう。


その後 、大阪大学の教授となるが 、この人事も、本間正明という怪しい大阪大学教授の介入で実現している。しかし、竹中平蔵の真の目標は、経済学者=大学教授ではなかったらしく、大学の講義には不熱心だった。休講も多く 、クビになりそうになった時 、ハーバード大学へ。このハーバード大学は、一年も経たないうちに帰国 、先に述べた加藤寛の招きで、慶應義塾大学教授に就任する。


慶應義塾大学教授就任とともに、加藤寛を後ろ楯に、「フィクサー」的な、あるいは「シンクタンク」的な、つまりく口八丁手八丁の特技を駆使して、怪しい「政商」的な活動が本格化する。小泉純一郎と連携して、いわゆる「郵政民営化」へ突き進むと同時に、加藤寛と連携して、「アカデミーヒルズ」とか、「ポリシーウオッチ」とかいうようなシンクタンク的な研究団体を築き上げ、加藤寛亡き後は、そのボスにのし上がる。


竹中平蔵というと、すぐに「パソナ」という言葉が浮かぶが、もちろん「人材派遣業・パソナ会長・竹中平蔵」は、重要問題だが、それと同様に、あるいはそれ以上に、「アカデミーヒルズ」とか、「ポリシーウオッチ」とかいうようなシンクタンク的な研究団体の存在は重要である。


竹中平蔵は個人ではない。竹中平蔵が代表をつとめる「ポリシーウオッチ」という組織の勉強会=講演会=シンポジュウムは、頻繁に開かれているが、そこの専属メンバーに、高橋洋一や岸博幸、原英史等、竹中組の面々が、属している。この組織の周辺には、多くの学者や実業家、ジャーナリスト等が控えている。だから、竹中平蔵個人を、批判、罵倒、攻撃しても、竹中平蔵にとっては、痛くも痒くもないのである。日本社会の中枢部に 、竹中平蔵が築き上げた人脈とそのネットワークが、竹中平蔵「親分」を守っているのだ。


竹中平蔵は、昨年か一昨年か、慶應義塾大学教授を定年退職し、東洋大学に移り、東洋大学教授に就任。それに反対して抗議活動を展開した東洋大学の学生もいたが、逆に大学側から退学を強制される始末だった。何故、東洋大学だったのか。東洋大学副学長の「松原聡」が、竹中一派の一人だからだ。


高橋洋一も以前は、銭湯での時計ドロ事件の時までは 、東洋大学教授だった。東洋大学は、竹中平蔵の縄張りなのだ。高橋洋一は、東洋大学をクビになった後、嘉悦大学教授になっているが、この嘉悦大学も、竹中平蔵が、故加藤寛(慶應義塾大学教授)から受け継いだなわばりだからだ。


昨年度(2020)の「チーム・ポリシーウオッチ」のシンポジュウムの「登壇者」のリストがあるが、以下の通りだ。東洋大学副学長の「松原聡」の名前も出ている。もちろん、「高橋洋一」「岸博幸」「原英史」の名前も・・・。

ーーーーーーーーーーーー

 登壇者 

竹中 平蔵(東洋大学教授/慶應義塾大学名誉教授/アカデミーヒルズ理事長)

冨山 和彦(株式会社経営共創基盤代表取締役CEO)

ロバート・フェルドマン(モルガン・スタンレーMUFG証券シニアアドバイザー)

松原 聡 (東洋大学副学長・教授) 

高橋 洋一 (嘉悦大学教授) 

原 英史(株式会社政策工房社長)

岸 博幸(慶應義塾大学大学院教授)

※自民党国会議員を予定しています。

ーーーーーーーーーーーー

- 5月 27, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有

2021年5月26日水曜日

 

高橋洋一とスガ=ネットウヨ政権。

「小泉純一郎」「竹中平蔵」「高橋洋一」という「構造改革トリオ」(郵政民営化トリオ)が、日本経済をボロボロに解体した・・・。


「小泉純一郎」「竹中平蔵」「高橋洋一」という「構造改革トリオ」(郵政民営化トリオ)が、日本経済をボロボロに解体した・・・という歴史的現実を、直視出来ないどころか、それを賞賛・賛美する「ネットウヨ文化人」と「ネットウヨ民衆」・・・。高橋洋一の「内閣府参与/首切り」事件は、ようやく 、その一角が、切り崩されたということだ。次は誰か。もちろん、お前だよ。いずれにしろ、小泉純一郎以後の、この「悪夢の15年間の自公政権」(笑)が  、日本を、後進国並の 発展途上国に突き落としたのである。第二、第三の「敗戦」であった。


この転落劇を主導して来たのが、常に 、政権の取り巻き、政権の腰巾着として、屋台骨を蝕み、食い潰して来たのが、竹中平蔵=高橋洋一コンビだった。日本を取り戻すためには、この「亡国コンビ」を追放することが、必須だ。


「  竹中平蔵=高橋洋一コンビ  」は、小泉政権以来、民主党政権もふくめて安倍=スガ政権に至るまで、常に政権中枢に食い込み、政権の取り巻きとして、政権を壟断してきた。獅子身中の毒虫とも言うべき「竹中平蔵=高橋洋一コンビ』とその周辺で、甘い汁を吸ってきた「竹中一派』とも言うべきネットウヨとネットウヨ系文化人に、今こそ鉄槌を下すべきだ。


「高橋洋一/首斬り」を受けて、Twitter辺りで、さかんに高橋洋一を擁護している連中が、ネットウヨです。次々とあぶりだされてきました。ネットウヨの一網打尽です。


以下の写真は、「HANADA」と並んで、ネットウヨ雑誌として有名な「WILL」です。ここに、高橋洋一も出ています。このネットウヨ雑誌の執筆メンバーは、すべて「ネットウヨ」と思って間違いないです。多くは「定年右翼」=「年金右翼」=「ビジネス右翼」です。ほとんどドシロート(笑)ばかりです。まともな右翼思想家や保守思想家は登場しません。


ネットウヨ雑誌「HANADA 」や「WILL」「正論」・・・の次号では、全ページを総動員して 、「高橋洋一擁護論」をぶち上げるでしょうね。


高橋洋一は、「Youtube動画」界隈で、たとえば「エセ文化人報送局」や「虎の巻ニュース」「高橋洋一ネコババ・チャンネル」・・・などで、かなりいい加減な発言を繰り返している。「さざ波発言」についても、堂々と居直り発言を繰り返すなど、意気軒昂だった。私は、高橋洋一の発言内容に、それほど深い関心も興味もない。「おいおい、大丈夫か、お前、病気じゃないのか」と思っただけだ。


さすがのスガも 、これまでのように、高橋洋一や竹中平蔵の助言を真に受けて、「コロナなんてインフルエンザのようなもので、コロナの蔓延も『 さざ波』に過ぎない。無視せよ」などと、居直り発言を繰り返すわけにはいかなかったのたのでしょう。

- 5月 26, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有

2021年5月22日土曜日


- 5月 22, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有

2021年5月20日木曜日

 



■あらためて、最近の深田萌絵女史の言論活動を、断固、支持する。


ーーーーーーーーーーーー

https://yamazakikoutarou.hatenadiary.com/((山崎行太郎blog))

ーーーーーーーーーーーー


詳細が分からないので 、軽々しいことは言えないが、最近の日本の「エセ保守業界」界隈の思想的貧困と思想的堕落を、次々と批判=告発し、粉砕し続ける深田萌絵女史の言論活動は、出色ものである。あらためて支持を表明し、深田萌絵女史の「エセ保守」系の政治家(安倍晋三、佐藤正久、長塚たかし 、青山繁晴・・・)や文化人もどきの言論人(百田尚樹 、金美齢、カスヤ、文化人包装局、虎ゑ門ニュース、チャンネル・ウバ桜・・・)たちへの批判=告発に声援を送りたい。深田萌絵女史は、「台湾問題」や「半導体問題」「TSMC問題」など、IT関連の話題を突破口として、日本の経済的停滞と転落の実態と病巣を明らかにしてきた。私にとっても、寝耳に水のごとき問題提起の連続だった。深田萌絵女史の批判=告発によって明らかになったことは少なくない。小泉純一郎=竹中平蔵改革以後、その「小泉・竹中改革」を批判、罵倒する人は少なくないが、いずれも、単なる印象批評に終始してきた感が深い。エセ保守系政治家やエセ官僚、エセ保守・・・等に的を搾った最近の深田萌絵女史の言論活動は、台湾の半導体メーカー「TSMC」という具体的な企業の実態と問題を、掘り返すことによって、日本の経済的停滞と沈没の実態を明らかにしている。それ故に、反発や抵抗も激しいようだ。詳細は、わからないが、「刑事告発」や「銀行口座差し押さえ」「支援金口座凍結」・・・など、様々な嫌がらせにあっているようだ。しかし、無駄だろう。深田萌絵女史が放った数々の言葉は、いかなる手段を弄しようとも 、誰にも消すことは出来ない。昨夜だったか・・・。数学バカ、理数系バカのエセ経済学者=「高橋洋一」を槍玉にあげて、ボロクソに批判していたが、さすが、目の付け所がいい。高橋洋一は、竹中平蔵の子分(パシリ)であり、菅義偉(よしひで)の取り巻き(腰巾着)である。スガ政権が迷走=脱線を繰り返しているのは 、竹中平蔵や高橋洋一というような取り巻き(腰巾着)がアホとクズばかりだからだ。竹中平蔵や高橋洋一等が、小泉純一郎の腰巾着(取り巻き)として、ピンボケの「さざ波の経済学」で、構造改革に狂奔して以後、どれだけ日本の経済状況が悪化したか、数学ボケの「バカボンのパパ=高橋洋一」は知っているだろう。説明してみろよ。ブルガリの時計をこそ泥する知恵はあるようだが、「TSMC問題」同様、無知をさらけ出すだけだろう・・・。


ーーーーーーーーーーーー

深田萌絵のYoutube動画

「高橋洋一批判」

https://youtu.be/DSClhvRL7hE

ーーーーーーーーーーーー

- 5月 20, 2021
メールで送信BlogThis!X で共有Facebook で共有するPinterest に共有
新しい投稿 前の投稿 ホーム
登録: 投稿 (Atom)

緊急連絡、原稿依頼 、レポート、お問い合わせ、など 、山崎行太郎へのメールは以下からお願いします。

名前

メール *

メッセージ *

プロフィール

自分の写真
山崎行太郎
●(やまざき・こうたろう)。●哲学者、文藝評論家。●慶應義塾大学哲学科卒、同大学院修了。●東工大、埼玉大学教員を経て現職。●「三田文学」に発表した『小林秀雄とベルグソン』でデビューし、先輩批評家の江藤淳や柄谷行人に認めらlれ、文壇や論壇へ進出。●大西巨人との論争や、小泉・竹中批判、安倍批判、「青色発光ダイオード」の中村教授批判。●STAP細胞論争で「小保方晴子」擁護論 。「日大アメフト・バッシング」を批判。●「沖縄集団自決裁判」問題で、曽野綾子や小林よしのり、及び保守論壇の守旧派・渡部昇一、秦郁彦……等を徹底批判。●現在、「竹中平蔵批判」を再開、「竹中平蔵研究」を連載中。●文壇・論壇に蔓延する予定調和的言説の脱構築的解体を目指すー。●というわけで、山崎行太郎の思想・表現活動の拠点たる「Blog」と「Twitter」「Facebook 」「Youtube動画」「MailMagazine」をよろしくお願いいたします!!!●緊急連絡は、コチラ。tel=090‐6007-0726。 yama31517@gmail.com
詳細プロフィールを表示

Wikipedia

検索結果

ブログ アーカイブ

  • ▼  2025 (5)
    • ▼  4月 (5)
      • ■大江健三郎と藤岡信勝(6)
      • ●大江健三郎と藤岡信勝(5)
      • 大江健三郎と藤岡信勝。(4)
      • 大江健三郎と藤岡信勝(3)。
      • 大江健三郎と藤岡信勝(2)
  • ►  2024 (1)
    • ►  4月 (1)
  • ►  2022 (37)
    • ►  11月 (1)
    • ►  9月 (1)
    • ►  8月 (1)
    • ►  7月 (1)
    • ►  6月 (7)
    • ►  5月 (11)
    • ►  4月 (1)
    • ►  3月 (7)
    • ►  2月 (4)
    • ►  1月 (3)
  • ►  2021 (158)
    • ►  12月 (9)
    • ►  11月 (5)
    • ►  10月 (10)
    • ►  9月 (19)
    • ►  8月 (12)
    • ►  7月 (10)
    • ►  6月 (11)
    • ►  5月 (17)
    • ►  4月 (22)
    • ►  3月 (25)
    • ►  2月 (11)
    • ►  1月 (7)
  • ►  2020 (88)
    • ►  12月 (2)
    • ►  11月 (5)
    • ►  10月 (10)
    • ►  9月 (17)
    • ►  8月 (34)
    • ►  7月 (20)
  • ►  2019 (3)
    • ►  5月 (3)

ブログ アーカイブ

  • ▼  2025 (5)
    • ▼  4月 (5)
      • ■大江健三郎と藤岡信勝(6)
      • ●大江健三郎と藤岡信勝(5)
      • 大江健三郎と藤岡信勝。(4)
      • 大江健三郎と藤岡信勝(3)。
      • 大江健三郎と藤岡信勝(2)
  • ►  2024 (1)
    • ►  4月 (1)
  • ►  2022 (37)
    • ►  11月 (1)
    • ►  9月 (1)
    • ►  8月 (1)
    • ►  7月 (1)
    • ►  6月 (7)
    • ►  5月 (11)
    • ►  4月 (1)
    • ►  3月 (7)
    • ►  2月 (4)
    • ►  1月 (3)
  • ►  2021 (158)
    • ►  12月 (9)
    • ►  11月 (5)
    • ►  10月 (10)
    • ►  9月 (19)
    • ►  8月 (12)
    • ►  7月 (10)
    • ►  6月 (11)
    • ►  5月 (17)
    • ►  4月 (22)
    • ►  3月 (25)
    • ►  2月 (11)
    • ►  1月 (7)
  • ►  2020 (88)
    • ►  12月 (2)
    • ►  11月 (5)
    • ►  10月 (10)
    • ►  9月 (17)
    • ►  8月 (34)
    • ►  7月 (20)
  • ►  2019 (3)
    • ►  5月 (3)

このブログを検索

「シンプル」テーマ. テーマ画像の作成者: luoman さん. Powered by Blogger.