2021年9月22日水曜日

■泥仕合を、もっと泥仕合を・・・。 夫が「元ヤクザ」とか、弟が「中国系企業の社長」だとか、「中国共産党の指令で〇〇を〜」だとか、まさに「泥仕合」の様相を呈してきたのが、今回の自民党総裁選だが、小生は、「泥仕合」そのものを批判するつもりはない。「もっと泥仕合を!」と思う。政治とは残酷な泥仕合こそが本質であり、それは古今東西、変わることのない永遠の真理である。いや 、実は「政治」だけではない。文学も思想も学問も科学も同じだ、と私は考えている。私が、若い頃、「文学」や「哲学」に興味を持ち、それを職業にしたいと思ったのは、 「文学」や「哲学」が、綺麗事ではなく、泥仕合だということがわかったからだ。『悲劇の哲学』で有名なロシアの哲学者シェストフは、「醜悪な現実を直視せよ」と言っている。「醜悪な現実」とは、私の考えでは「泥仕合」のことである。

 ■泥仕合を、もっと泥仕合を・・・。


夫が「元ヤクザ」とか、弟が「中国系企業の社長」だとか、「中国共産党の指令で〇〇を〜」だとか、まさに「泥仕合」の様相を呈してきたのが、今回の自民党総裁選だが、小生は、「泥仕合」そのものを批判するつもりはない。「もっと泥仕合を!」と思う。政治とは残酷な泥仕合こそが本質であり、それは古今東西、変わることのない永遠の真理である。いや 、実は「政治」だけではない。文学も思想も学問も科学も同じだ、と私は考えている。私が、若い頃、「文学」や「哲学」に興味を持ち、それを職業にしたいと思ったのは、

「文学」や「哲学」が、綺麗事ではなく、泥仕合だということがわかったからだ。『悲劇の哲学』で有名なロシアの哲学者シェストフは、「醜悪な現実を直視せよ」と言っている。「醜悪な現実」とは、私の考えでは「泥仕合」のことである。