■昨日は『維新と興亜』の座談会ということで 、久しぶりに、都心部に出かけた。指定された場所は、日比谷高校の隣にある「星稜会館」の近辺ということで安心していたが 、当日になり、「星稜会館」なら何回も行ったことがあるが、しかし新しい建物らしいので、ちょっと不安になったので、早めに出かけることにした。地下鉄の永田町駅を降りたが、方向感覚がまったくわからない。しばらくスマホのグーグルマップをいじっていると、警備中の警官が近ずいてきた。この周辺は、国家の中枢機関が集中しているところなので、警備が厳しいのだ。国会議事堂、首相官邸、衆参議長公邸、議員会館など・・・。いたるところに警官が立っている。その警備中の警官が・・・。「???」。「何か、お探しですか?」といううわけだろう。いつもなら、「うるせー」とつぶやきつつ、即座に立ち去るところだが、今回は、さすがに、警官のやさしい雰囲気に引き込まれて、「日比谷高校と星稜会館は、どの道を・・・」と聞いてしまった。ああ、やはり、私は、70過ぎの「立派な老人」(笑)なのだ、と自覚した瞬間であった。警官は、「こちらに地図が・・・」と言いつつ、私を案内して、地図の書いた看板まで連れていってくれた。警官は、詳しく、何回も何回も道筋を教えてくれた。もういいよ、というぐらいに。というわけで、私は、以前、何回も立ち寄ったことのあるカフェが見つかったので、そのカフェで時間をつぶし、また早めに、目的の場所へ向かった。少し時間があったので、江藤淳先生の母校、日比谷高校を見学することにした。警官の言った通りに、細い路地を歩いていると、学校らしき建物が見えてきた。同時に、子供たちの声も聞こえてきた。日比谷高校は、坂道をくだったところの、小さな丘の上にあった。この門が、正門なのか裏門なのかわからないが、一応、日比谷高校のプレートがあったので、記念写真をパチリ。「江藤淳と日比谷高校」。平山周吉の『江藤淳は甦る』を読んで以来 、「江藤淳と日比谷高校」というテーマが頭から離れなくなっている。言うまでもなく 、私は、日本一の受験進学校としての日比谷高校に興味があるわけではない。あくまでも、江藤淳の通った日比谷高校に興味があるのだ。肺病病みの高校生・江頭敦夫( 江藤淳の本名 )が、多感な高校時代を過ごした日比谷高校に・・・。(後で、ネットで調べてみたら、こちらの門は、正門ではなく通用門、つまり裏門でした。)
Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la vérité dans les sciences. Plus la Dioptrique, les Météores et la Géométrie, qui sont des essais de cette méthode.